「ふぅ。やっとくつろげるな。」
 宿の部屋も良いがやっぱり自分の部屋には敵わない。
足を投げ出すようにソファに座り天井を見上げる。
「どうでした?」
 声はキカ。その後にはレオン。
「ああ。」
 俺の前にカップを置き、対面に座る。
「しばらくは大人しくするしかないかな。」
 カップに口をつけ、熱い紅茶を啜る。
「レオンはどうする?」
 クッキーをかじっていたレオンは少し考える様子で、
「ユイン君さえ良ければ少し滞在したい……です。」
 二枚目のクッキーに手を伸ばしていた。
「俺はかまわんよ。キカ、どこか部屋を用意してやってくれ。」
「解りました。」
 三枚目に手を取ったレオンは嬉しそうに食べている。
そこにノックが。
「どうぞ。」
 キカが立ち上がると扉が開いた。
そこにはシャルローネとガナッシュ卿、それにラトーラ姉さんがいた。
「色々と話があるんだけど。」
 微笑む姉さんが颯爽と入ってきた。

 旅中の出来事を包み隠さず話した。 レオンの事をそのまま信じろというのは難しいと思ったが、スルーされてそのまま話を続ける。
「……。」
 話し終わって三人は口を開かなかった。
まぁ、レオンの辺りをすんなり信じられないよな。
「随分と楽しそうな旅をしてきたのね。」
「まぁ、退屈はしませんでした。」
「そう、それなら良かったわ。」
 ……それからどことなく上の空の会話が続いき、夜になり、
「夕食は一緒にどうかしら?」
 姉さんがレオンを夕食へと誘う。
「あ、はい。いただきます。」
「シャルローネ。彼女を案内してあげて。」
「はい。分かりました。どうぞ、こちらへ。」
 四人が部屋を出る。残ったのは俺とキカ。
「ふぅ、色々と起こりすぎだ。」
「疲れたような、懐かしいような……複雑な気分です。」
 俺はソファにキカは床に座り込んで扉を見つめた。

 どんなに落ち込んでいても塞ぎ込んでいても時間は進む。
国葬も終わり王都は悲しみの淵から立ち直りつつある。
「……さて、と。」
 俺も父王からの教えてもらった事や懐かしい思い出に浸る時間はもう終わりにしないと。
掃除をしているとレオンが表れて一緒に掃除をする。
掃除が終わりキカが表れる。
「ナッシュバール王子、いえ、王がお呼びです。」
「分かった。」
 深く息を吐いて部屋を後にする。

 玉座に座る兄王は威厳を纏っていた。
その周りには軍服を着た将校尉官が並んでいる。
見れば貴族階級の数が少ない。
 うーむ、これは……。
「さて、これより新たな体制を取らなければならないのだが……。」
 兄王の話は、政治体制の一新。
ガナッシュ卿以下父王の側近達は引退したため新しい側近を選んだのだが、
「随分と……軍からの人材が多いですね。」
「ああ、富国はなった。これからは対外的に侮られないようにしないとな。」
「どこかが攻めてくるとでも?」
 エライオン兄さんが腕を組みながら兄王に問う。
「攻められてからでは遅い。攻められないようにするのが一番だと思うが?」
「軍備にようする資金は?」
 兄王はその冷たい目をエライオン兄さんの方に向けながら、
「貴族特権の廃止。」
 エライオン兄さんの眉が動く。
「……。」
 空気が凍る。
兄王の周囲は笑いを堪えているのが分かる。それはエライオン兄さんには屈辱だろう。
もし貴族に対する特権の廃止を止められなければエライオン兄さんの求心力は一瞬にして無くなるだろう。
それはエライオン兄さんを飼い殺す事を意味している。
「兄王、貴族は税金を免除されている代わりに福祉や教育、公共事業に資金を出しているのですよ。それは如何なされますか?」
「無論続けてもらう。」
「それは……。貴族の収入を越えてしまいます。今一度再考を。」
「エライオン王子、これは決定事項です。」
 兄王の側近の一人がエライオン兄さんの言葉を遮る。
議事堂にいる貴族達が顔を伏せる。多数決にしても数では圧倒的に劣っているし……どうしようも無かったのだろう。
それでもエライオン兄さんに一縷の望みを繋いでいるのだろう。
「何も破産させようと言うのではない。収入や領地の規模によって税率は考えよう。」
 エライオン兄さんは睨む様に兄王を見ている。
兄王はその視線を避けようともせず真っ直ぐに……微笑みながら見返している。
そしてエライオン兄さんは退室。
「さてユイン。お前にもそろそろ領地を与えようと思うのだが……どこがいい?」
「領地、ですか?」
 予想外の問いかけだ。
「ああ、そうだ。何をそんなに怖い顔をしている?」
 くく、と笑う兄王。
「いえ、追い出されるものとばかりに思ってましたので。」
 玉座の周囲から笑いが起こる。
「安心しろ。お前を追い出す理由など無いからな。」
「そう聞いて安心しました。」
「で、どこがいい?」
 大きな地図が広げられる。
地図に目を落とす。今まで見て回った街や村。そこで出会った人々が脳裏に蘇る。
「俺にはまだ領地を治められる器量はありませんので……お気持ちだけで充分です。」
「そんな事はないと思うがな。」
「王、無理に押し付けるのも……ユインロット王子のお気持ちが変わるまでは。」
 ふむ、と頷いて、
「分かった。しかしいつまでもこのままという訳にはいかんぞ。下がってよい。」
 敬礼して俺も退室。
重厚な扉が閉まると自然とため息がでた。

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